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ウサイン・ボルト、脊柱側彎症を乗り越えて最後の伝説を作り上げる [ニュース]

ジャカルタの英雄、ウサイン・ボルト

今年(2017年)の陸上世界選手権ロンドン大会で
引退を表明したウサイン・ボルト

10歳から陸上を始めたボルトは
15歳で初めて世界大会に出場します。

さて、ウサイン・ボルトがどのようにして
世界の頂点に登っていったか

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ウサイン・ボルト、すでに15歳で才能の片鱗があった。いきなり世界ジュニア優勝


15際の頃はまだ全然、注目もされていませんでした。
しかし、その15歳で出場した大会
世界ジュニア200mで史上最年少で優勝。

陸上選手としては
厳しい病気
脊柱側彎症(せきついそくわんしょう)だったんですね。

脊柱側彎症とは背骨が横に歪曲する病気です。
普通の人の背骨は前後にカーブしています。
それが彎曲していたり、脊椎(背骨)がねじれていたりするようです。
背骨がねじれながら横に彎曲しているものが側弯症というようです。

ボルトはその病気のために
走るフォームが独特になっています。

肩を上下に大きく揺れるフォームがそれで
体を支えるためにそうなるようです。



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ウサイン・ボルトの家庭事情と陸上との関係


家は貧しい一家で
そのためだったのか
陸上という職業を選んだのかなと思います。

陸上で必要なものはシューズと
ユニフォームだけですからね。

ただ、この陸上で一番になれば
賞金とスポンサーがつきます。

これを目指して
走る人は多いと言います。

ボルトの名前を世界に轟かせた北京オリンピック


一番注目されたのは
北京オリンピックでしょう。

100m
200m
4x100m
で全て世界新記録を打ち立て
金メダルを獲得した時でしょう。
ただ、その後、1x400mの金メダルを剥奪されています。
これは一緒にレースに出たメンバー、ネスタ・カーターが
ドーピング検査に引っかかり陽性反応が出たためで
ボルトにとっては不幸なことです。

2017年の試合


2月 150mアスレチックス2017 15:28
6月 レーサーズグランプり 10:03
6月 ゴールデン・スパイク 10:06
7月 ダイヤモンドリーグモナコ 9:95
8月 世界陸上 ??:??

オリンピックは
北京
ロンドン
リオデジャネイロ

と3回連続で
100
200
1x400
全て金メダルです。
これは史上初ですね。※北京の1x400はのちに剥奪

世界選手権では
2009年から
2014年まで
ほぼ金メダル
ほぼというのは
2011年の世界選手権で
100mでまさかのフライング失格があるんですね。

その5日後の200mでは見事金メダルを獲得しましたが
その時もしばらくは
その影響はあったようです。

ボルトの第2の父親と言えるコーチ、グレン・ミルズ氏との出会いが全てを変えた
15歳で華々しく世界に名前を轟かせたボルトでしたが
その後、怪我や病気で挫折します。

そのボルトを救ったのが
現在のコーチ、グレン・ミルズ氏でした。

グレン・ミルズ氏は練習嫌いのボルトを
なんとか練習させ、4年がかりで
ボルトを変えていきました。

今年最後の
そしてこれから
いつこのような超人が出るか
わからない超人ボルトの最後のレースを
見守りたいと思います。


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